「日本オープン」の最終日、池田勇太と共に最終組に入ったのは東北福祉大1年の19歳・金谷拓実。同大学の卒業生である池田との対決は、池田が序盤からスコアを落とし思わぬ混戦に。それでも、後半に進むにつれじりじりと差が開き、14番終了時点で池田と金谷は3打差。勝負は決したかに思われたが、そこから再びドラマが待ち受けていた。

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2人の大学の先輩でもあるツアー通算2勝の谷口拓也も15番からの展開には驚かされた。「ゴルフは何が起こるか分かりませんね。まさか15番で勇太が右にOBさせるとは。暫定球が左のカメラスタンドに当たったのがラッキーでしたね。あれがなければ状況はもっと悪かったと思います。5打目をあの位置で打てることはなかったでしょうね」。不幸中の幸い。やはり勝つには運も重要な要素だ。

「勇太は途中からクラブが深く入ってましたね。体の動きが少しづつ止まってきたのが影響してのOB。自分で勝負を“演出”してましたね(笑)でも、あの悪い流れの中で、本当に落ち着いてました。自分のペースを最後まで守ってたのはさすがです」。メジャーの最終日、ショットが乱れる中、「7番や10番、17番は見事でした。ラフからフワッと上げる球が上手い。日本の芝からのアプローチは本当に巧みです」。小技と強い心で勝利をもぎ取った池田を賞賛していた。

谷口はもう一人の後輩、金谷にも「(松山)英樹みたいに大学在学中に勝つことも十分にあるでしょうね。あそこまで日本オープンで戦えるのなら、もうアマチュアじゃないですよ」。曲がらないショットなど質の高いプレーはツアーでも戦えるレベルだという。終盤はパットが「左、左でしたね。思ったよりインパクトが弱かった。ボールがフェースに乗りすぎてましたね。あの緊張感の中ではしょうがないことかもしれませんが」。16番の3パット、17番の2メートルのバーディチャンスをはずしたのも左だった。

谷口は金谷の実力を高く評価しながらも、一言もの申したいことがあるという。「18番はドライバーを持って欲しかった」。自分のゴルフを最後まで貫くという姿勢を評価しながらも、1打差の「あそこは勝負する場面。勇太もあそこで(金谷が)3ウッドをもった時点で、もう勝ったな、と思ったことでしょうね。打つ前には少し迷っているようにも見えました。決めていたのならば、さっと打たないと。その迷いが左のラフにいれてしまった要因の1つに思えてなりません」。対する池田は迷わずドライバーを握り、会心の一打。金谷がドライバーでフェアウェイに置いていれば「違う展開もあったかもしれませんね」。

89年ぶりとなる大会史上最年少優勝記録の更新はなかったが、改めて池田の強さと、金谷という新星誕生に沸いた日本オープン。ゴルファー日本一を決める大舞台にふさわしい熱戦だった。

【解説】
谷口拓也/たにぐちたくや 1979年9月17日、徳島県生まれ。03年にプロ入りし、いきなり初シードを獲得。出場32戦目の04年の「アイフルカップ」でツアー初優勝、08年の「サン・クロレラ クラシック」では東北福祉大学の先輩・谷原秀人に競り勝ち2勝目を上げた。ギアにも造詣が深く、17年からはグローバルゴルフメディアグループの専属解説員に就任。

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