<ウォルマートNWアーカンソー選手権 事前情報◇21日◇ピナクルCC(6,331ヤード・パー71)>

明後日に開幕する「ウォルマートNWアーカンソー選手権」で引退発表後、初の米ツアーに臨む宮里藍。この日は公式会見に出席、海外メディアからも注目度は高く引退について様々な質問が飛んだ。以下は会見の一問一答。

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Q.もうみなさんご存じのようアイは今シーズン限りでの引退を発表しました。最初にアーカンソーに戻って来てくれて嬉しいです。この大会での思い出は?

A.ありがとうございます。もちろんここで2012年に勝ったことです。すごく良いプレーをしました。この大会は大好きです。とてもすばらしい運営ですし、地元の人々がとても大会をサポートしてくれています。いつもここへ帰って来られることはうれしいし、今年もとてもエキサイトしています。

Q.大会もアイが戻ってきてとてもエキサイトしています。引退を発表してから初めての米ツアーの試合ですが、まずききたいのはなぜ、今の決断だったのでしょうか?

A.私は去年の8月に引退を決めました。今年を自分もキャリアの最後の年にしようと。ずっといつ発表しようかと考えていましたが、日本ツアーに数試合出て、自分のスポンサーでもありますし。アメリカに戻る前に発表するのが良いと思いました。特にサントリーレディスの前に言うのが良いと思いました。サントリーは私のメインスポンサーですから。5月に発表するとか、それはいつでも良かったんですけど、ただみんなに自分が何を考えているか、何をしないと行けないか、そういうことをシェアしたかったです。

Q.サントリーレディスではファンはとても素晴らしかったと聞きました。母国で、あなたのことを大好きだったファンからどういうサポートを受けました?

A.本当にすばらしかった。あんなにたくさんの人が来てくれるとは思っていませんでしたから。そしていつもの声援は、頑張って、とかだったんですが、今回は、ありがとう、おめでとう、という言葉で。それがとても感情的になりました。

Q.日本での試合はもうこれで終わりと決めていますか?

A.いいえ、まだ決めていません。でもそんなにたくさんではないのは確かです。もしかしたら1〜2試合はあるかもしれないけど、決めていません。

Q.この米LPGAツアーでもニュースが流れると、悲しむ声と、アイにはハッピーという声がたくさん聞かれました。ここではどういう声を受けていますか。

A.今言われた通りです。みんな、アイのためには良かった、でも居なくなるのは悲しいと。でもこのツアーで12年間、素晴らしい思い出があります。ベストを尽くしましたし、たくさんの友人ができました。彼らは私のアメリカの家族です。引退後もアメリカには住みますし、時にはツアーを訪れてみんなに挨拶に来たいと思っています。でもまだ今年は数ヶ月残されているので、今年の残りのシーズンをしっかりと楽しみたいと思っています。
―いつでも訪ねて来て欲しいです。質問に移ります。

Q.昨年8月に決めたと言いましたが、そのきっかけになることはあったのでしょうか?それともただそういうタイミングだった?

A.4年前から決断するのにとても悩んでいました。自分のゲームについてとても深く考えていたし、引退する一番の理由はゴルフをするのにモチベーションを維持することが難しくなったからです。ただ4年前はまだずっと若かった。27歳、まだ何かできるのではという思いがあった。ただモチベーションがなく続けて行くのはどんどんと難しくなった。それできっと、これは自分の人生で次の章へと進んでいく、という意味なのかもしれないと、そう昨年の8月に感じました。他の人がどう考えているのではなくて、自分の気持ちがそう言っていると思いました。自分が決断したことは本当に良かったと思っています。
ゴルフは大好きですから、まだ自分が何かできると思っています。ゴルフでまた、何か違ったことをして行きたいと思っています。

Q.今週の気持ちはどうですか?引退を発表して、リラックスしている?

とてもリラックスしています。もう自分のゲームを考える必要がないですから。ゲームをもっと楽しむことができるし、スポンサーさんやファン、友人や家族にとても感謝しています。この4年間よりずっと気持ちよく、そして今はプレーする準備が整った、そう感じています。なぜなら、以前よりずっとゲームを楽しめると分かっているから。とてもいいきもちです。

Q.引退後はどうするか決めた?

A.いいえ、まだ決めていません。現在考えています。ようやく考える時間ができたと思います。でも先ほども言ったように、ゴルフが大好きですから。ゴルフに恩返しをしたい。とくに日本に。だからジュニアのこととか、日本のLPGAなどでは、きっと何できると思います。

A.さきほどリディア・コがここに来て、世界ランキング1位で居ることの難しさを語りました。

A.まあ、そうですね…私が1位だったのは、いつでしたっけ?2010年ですね。そうですね。突然、たくさんの注目を浴びて、それはとても大変でした。みなさんを責めているわけじゃないですが(笑)毎日英語でインタビューをして、それは私にとってはとても難しいことでした。ゴルフコースの外でたくさんのエネルギーを使いました。自分が完璧でいようとトライしていました。私はちょっと完璧主義なんです。それはなんの助けにもなりませんでしたね。今なら世界ランキング1位で居ることはとてもエンジョイできることだと思いますが、でもそれを維持することはそれは本当に大変なこと。練習もよりたくさんしないとならないし、ゴルフコースの外でたくさんやることが増える。そのバランスはとても難しい。

Q.日本から、世界ランキング1位になったのは男女を合わせてあなただけです。日本ではどういうプレッシャーがあったのでしょうか?

A.わからないですが、みな、とてもハッピーだったと思います。日本のファンからはとても注目されましたし、メディアもそうですが、でも私もとても良いプレーをしていました。自分にとても期待もしていまいた。自分にプレッシャーを掛けていましたが、それはいいことではなかった。なんと言ったらいいのか…きっともっとリラックスしているべきだったと思う。ゴルファーのアイ・ミヤザトではなくてふだんのアイ・ミヤザトであるべきだった。

Q.日本から来た最初の年はどんなでしたか?日本ツアーとはまったく違った?言葉など、最初の1年はどうでしたか?

A.最初の年はすごくおもしろかったです。アメリカでプレーするのは私の大きな夢だったし。何も怖いものもなかったし、新しい経験を熱望していました。ルキーイヤーにはとても良い思い出があります。成績はよくありませんでした。最初の年には勝てなかった。それでも今振り返ってみると、楽しかった。英語を学ぶことも他の選手とコミュニケーションを取ることもとても大変だったけれど、でも楽しかった。完璧な英語が話せなくても、選手たちと居ることはすごく楽しかった。1年目にはたくさんの思い出があります。

Q.リディアについて

A.私が説明することもなく、彼女は素晴らしい人。素晴らしい選手。全英でまだ彼女がアマチュアだったときに一緒にプレーをしました。まだ14歳だった彼女のゴルフにショックを受けました。すごいプレーでした。悪天候だったから、これはすごい選手になると思いました。私から見ていると、世界ランキング1位をとても楽しんでいるように見えました。とても上手に向き合っていたと思います。

Q.2005年の予選会の思い出は?

A.おー、それは日本からのメディアの数です(笑)約100人近くが私を取り囲んでいました。生放送じゃなかったはず、でも生放送にしようとしていて、でもプレーしているのは私だけじゃなくて他の100人もの選手がツアーカードを目指してプレーしているので、他の選手が心配になりました。ほんとにクレイジー!でも、私にとっては良いこと。メディアから注目されるのは良いことです。それが私にとって唯一ファンとつながることになるわけですから。クレイジーだったけど、でも楽しかったです。

Q.12打差で勝った。期待の中で。

A.はい。でもポーラ(クリーマー)から予選会の前にアドバイスをもらっていた。彼女は数回日本でプレーしていましたから、話す機会があったんです。普通の試合のようにプレーするようにと。普通の試合のように勝ちに行くようにって。20位に入ろうと考えないようにって。5日間大会だと思ってプレーして、それはとても大きなアドバイスでした。

Q.来週はメジャーですが、それに向けて今週はどれくらい重要ですか?

A,とても大きいです。昨日練習ラウンドをして、今日はプロアマを回りましたが、コースは素晴らしいし、とてもよく準備されている。だから来週も良いプレーができると、とてもやる気になっています。

Q.日本ツアーで何勝もしてから米ツアーに来て、最初に勝つまで少し時間が掛かりました。慣れるのには何が一番大変でしたか?

A.人によると思いますが、私にとっては言葉と、移動、時差でしょうか。日本でプレーをしていたのはまるで違いました。日本はほとんどは3日間大会だし、移動も簡単です。ゴルフバックを次ぎの試合にすぐに送ることもできるし、日本は荷物の心配をする必要もない。でもここは常に荷物の心配をして、月曜にクラブが届くことを祈って。他にもたくさん慣れるのに調整が必要で。それは私が思った以上に時間が掛かりました。だけどそんなに長くは感じなかった。4年。その4年間にはたくさんのことを学んで。でもそれはとても価値のあることだったと思います。

Q.アニカやロレーナという若いうちに引退した選手の仲間入りをしました。加除たちと何か話しましたか?

アニカやロレーナとは違います。彼女たちはレジェンドです。比べることなんてできない。私にとって2人はアイドルです。でも彼女たちが今、やっていることから私はたくさん学べると思います。ロレーナとは連絡をとりあっていますし、これからたくさん話すと思います。彼女たちはメキシコ、アメリカのゴルフに恩返しをしている。それが私が引退後にしたいことなので、これからも彼女たちから学ぶと思います。

Q.あなたにとって世界ランキング1位になったことの意味は?

A.すごく良い質問だと思います。私は世界ランキング1位になれるとは思っていませんでした。1試合ずつベストを尽くして。自分のベストで居たかったから、とにかく一生懸命でした。そしてそれが楽しくもあり、情熱でもあって、ゲームが本当に好きだった。一生懸命やっていたら、突然、世界ランキング1位になったんです。けっしてそれを目標にしていたわけじゃないです。起こった、そういう感じです。ベストを尽くしていて、ずっと諦めることなく続けていれば、起こること。世界ランキング1位という意味は、もしかしたら何の意味もないのかもしれない。世界ランキング1位になるまでのプロセスが、実際に1位になることよりも重要だと思います。

Q.自分のキャリアで一番の思い出は?エビアンでの初優勝は大きな目標だったと思いますが、誰かと一緒にプレーしたこととか、何か大事な思い出はありますか?

A.エビアンはもちろんとても大きな初優勝でした。4年も掛かりました。とても大きな達成だった。でも今振り返るとゴルフコース以外の思い出が大きいかもしれません。ルーキーの年にクリスティーナ、ジェニファー・ロザレスが食事に誘ってくれて、英語が話せないから辞書をもって出かけました。そういうことがとても良い思い出です。9勝して、どれか1つ選ぶのはとても無理です。普通のことがとても良い思い出です。

Q.モチベーションがなくなったと言いましたが、その一番の要因は?

A.いいえ、自分に厳しすぎたと思います。2010年に世界ランキング1位になって、4年連続で勝利して。2012年が最後の勝利で。ここでの勝利が最後です。でもそれが自分のキャリアのピークだと感じた。自信はあったけれど、メジャーでは勝てなかった。なぜメジャーに勝てないのかとじぶんで苦しんでしまった。メジャーで勝つことは私の大きな目標の1つでした。だからもっともっと、練習を続けないと、と自分に言い聞かせた。自分にプレッシャーを掛けてしまったんです。そして自分がどこに向かっているのか分からなくなった。私は十分じゃない。そして間違った方向へ行ってしまったのだと思う。そして突然、モチベーションを失ってしまった。自分がどこへ行くのか、何をしたら良いのかわからなくなって、そこで苦しんでいました。

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