<日本プロゴルフ選手権大会 日清カップヌードル杯 最終日◇14日◇かねひで喜瀬カントリークラブ(7,217ヤード・パー72)>

電光掲示板には“一番強い”を意味する“いちばんちゅーばー!!”の文字がおどった。グリーン上で思わず飛び出した喜びの舞“カチャーシー”。国内男子メジャー初戦「日本プロゴルフ選手権大会 日清カップヌードル杯」は、前日5時間の遅延をもたらした悪天候により持ち越した第3ラウンドの続きと最終ラウンドを行い、トータル12アンダーまでスコアを伸ばした宮里優作が、前戦「中日クラウンズ」に続く2戦連続優勝。地元で家族が見守る前でのメジャー優勝という、これ以上ない最高のシナリオで幕を閉じた。

前戦、中日クラウンズでは“クルッとバーディ”で劇的な勝利を挙げた
沖縄独特の応援スタイルである指笛は、地元スターが勝利に近づくたびに音量を上げた。「沖縄離れると宮里。でもこっちにくると“優作”って呼ばれるのがうれしかった。指笛も最高でした。ありがたい応援だった」。妹の藍も予選ラウンド以来応援に駆け付け兄の優勝争いを見守る中、1番で約4メートルを沈めてバーディを奪うと、続く2番でもバーディ。3番こそ3パットのボギーとしたものの、4番から3連続バーディを奪ってリードを広げた。

勝因に挙げたのは12番パー5、13番パー4での連続バーディ。「(難関の)13番はパーで行く予定が、バーディが来てくれて。14番でボギーを叩いたけど、13番で獲っているので良しとして。最後まで攻める気持ちでいようと思ったのがよかった」。同組の谷口徹はスコアを落としていたものの「やる気が出なくくなるまで差をつけないと、スキを見せたらすっと上がってくる人だから」と油断することなく、勝ちきった。

これで2戦連続優勝。今季は開幕から決して本調子でないことを自認してきただけに驚きもある。勝利をつかんでも出てくるのは、「まだまだすね」という厳しい言葉。だが、選手会長の職務にも走り回りながら、「無理せず自分のできることを背伸びせずにやっているのが良いかもしれない。日ごろから競った時にボギーを打たずにスコアを伸ばしていくイメージをしながら、練習していたのでそれが役に立った」と質の高い練習を重ねてきたことが地元での大一番で活きた。

前回沖縄での戦いだった2012年の「日本オープン(那覇CC)」は地元の期待を背負って優勝争いを演じたが、最後に崩れて4位タイに終わった。だが、あれから5年を経て、優作は強くなって帰ってきた。

「あの時は優勝してなかったし、今は勝つごとに余裕が出てきている感じ。とにかく、大事なのは最終組で回ること。僕らは優勝することより負けることが多いので、負けた試合からいかに学ぶかが大事だと思う」。勝負弱いとも言われた姿はそこにはない。前はちょっぴり力も入っていた地元の声援も力に変えて、「大人になったんじゃないすか?ちょっと」と笑った。

最終日5月14日は母の日。優勝スピーチでは「母親がいなかったら宮里家は始まっていなかった。いつもありがとう」と母・豊子さんに語りかけた。父の優さんは「ほんと良かったー地元で勝ってくれてありがとう」と語って泣いていたという。聖志も藍も優勝シーンを見届けた。嵐のあとの大団円。いちばんちゅーばーな宮里家の次男坊が最高な形で故郷に錦をかざった。

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