米ツアーの「シュライナーズ・ホスピタルズ for チルドレン・オープン」最終日はオーストラリア出身のロッド・パンプリングと米国のルーカス・グローバーの一騎打ちとなった。

 どちらも華のあるスター選手ではない。ランキングも低い地味な選手どうしの戦いではあった。だが、スターか地味かはさておき、勝ってほしいという想いを抱いて眺める優勝争いは、どうしたって力が入り、食い入るように眺めることになる。

石川遼は“3日間”戦うも予選落ちに厳しい表情
 グローバーといえば、2009年に全米オープンを制したメジャーチャンピオンだが、あの大会は悪天候によるサスペンデッドのタイミング次第で予選2日間の運・不運が大きく分かれたため、グローバーの優勝も「まぐれ勝ち」と囁かれた。優勝を決めた直後でさえ、米メディアから「ラッキーだったと思うか?」とストレートに尋ねられ、思わず困惑したグローバーの表情は今も脳裏に焼き付いている。

 2年後の2011年にウエルスファーゴ選手権を制し、あの全米オープン優勝がまぐれではなく実力によるものだったことを実証したと言われた。しかし、以後は優勝からすっかり遠ざかっている。そんなグローバーが5年ぶりに通算4勝目を挙げることができたら、新たな自信になるだろうし、何より彼自身が報われた気持ちになるだろうなあと、そう思った。

 その一方で、パンプリングに優勝してほしいと思う気持ちも膨らんだ。2000年にオーストラリアから米国へ移住し、米ツアーを主戦場とし始めたパンプリングとは、当時、いろんな話をした。雑草のようなポアナは米ツアーでは嫌われものだが、オーストラリアには「ポアナだけで作られた美しいグリーンもある」と教えてくれたのは彼だった。

 その後、パンプリングは2004年ジ・インターナショナル、2006年アーノルド・パーマー招待を制したが、そこから先は下降の一途。ここ4年間はいずれも125位以内を逃し、下部ツアー・ファイナル4戦を経て、どうにか米ツアー数試合に出場していた。それでもあきらめず、しがみ付いてきたからこそ、今日、ラスベガスの地で通算3勝目を挙げることができたのだ。実に10年7か月19日、220試合ぶりの復活優勝となった。

 47歳はデービス・ラブが2015年ウインダム選手権を制した51歳の最年長記録には及ばなかったが、71ホール目の17番(パー3)では自分のボールの行方を不安そうに目で追いながら、ティグラウンドにへなへなと座り込んでしまうほどの緊張ぶり。そんな姿を見れば、パンプリングにとってこの勝利がどれほど大きな出来事であったかは誰にも想像できると思う。

 パンプリングの妻は心理学者だ。「僕はとてもラッキー。いつも傍に心理学者がいて、ただでメンタルトレーニングしてくれるんだからね」と公の場で言いながら、あとからこっそり「妻には何でも見破られ、絶対にウソがつけなくて結構大変なんだ」と苦笑していた。しかし成績が低迷していた近年もその妻に支えられてきたと言った。「妻や家族のサポートがあったからこその優勝だ。自分はいいプレーをしている、いいプレーができると信じること。どんなときもパニックにならないこと。妻の教えを守ってプレーし、優勝することができた」

 妻のおかげには違いない。だが、この10年、パンプリングがシード落ちを繰り返しながらも諦めなかったのは、やっぱりゴルフが好きだからだろう。もしプロゴルファーになっていなかったら、なりたかったものは、ただ1つ。ゴルフ場の整備や管理のプロフェッショナル。日本流に言えばグリーンキーパー的な存在である「スーパーインテンデントになりたかった」。

 この優勝で50歳になるまでは米ツアーに出場できる。スーパーインテンデントではなくプロゴルファーとして、まだまだ奮闘してほしい。
 
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

<ゴルフ情報ALBA.Net>