世界ナンバー1のジョーダン・スピースがディフェンディング・チャンピオンとして臨んだバルスパー選手権。しかし、残念ながらスピースは初日から5オーバーと大きく出遅れ、SNS上で激しく野次られたり、それに自ら応酬して逆に騒ぎを膨らませてしまったり。それでも2日目、3日目に巻き返したあたりはさすがだったが、最終日は再びオーバーパーを喫し、連覇はならなかった。

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 スピースは振るわなかったが、それがイコール、大会の盛り下がりに直結しないところが米ツアーの魅力だ。最終日を首位でスタートしたビル・ハースにチャール・シュワーツエルが67をマークして猛追をかけ、プレーオフに持ち込んで1ホール目で鮮やかに逆転勝利。ひとたび、きっかけと流れを掴んだら、勢いは増すばかり。そんな昨今のヤングプレーヤーの強さがシュワーツエルにも、はっきりと見て取れた。

 その優勝争いには一歩及ばなかったものの、今大会を盛り上げ、人々の注目を集めた“もっとヤングなプレーヤー"が一人。推薦枠で出場し、大活躍した大学4年生。22歳の米国人アマチュア、リー・マッコイだ。

 初日は74と出遅れ、2日目は71でぎりぎり予選を通過すると、3日目は66で一気に9位へ浮上。最終日はスピースと同組となり、スピースが2オーバー、73を喫した傍らでマッコイは2アンダー、69をマークし、単独4位に食い込んだ。

 72ホール目を終えたとき、大満足の笑顔を浮かべるマッコイに、スピースが大きな拍手を送りながら近づき、握手を求めた。そのときスピースは、かつての自分の姿をマッコイに重ねていたに違いない。

 6年前。2010年のバイロン・ネルソン選手権で優勝したのは当時22歳のジェイソン・デイだった。初優勝の喜びに浸るデイの傍らで、米ツアーでプレーする喜びや興奮を噛み締めていたのが、当時16歳のスピースだった。生まれて初めて米ツアーの大会に出たスピースは、予選通過を果たして周囲を驚かせると、3日目には7位へ浮上してさらに人々を驚かせ、最終日こそやや後退したものの、16位に食い込んだ。

「ずっと、あそこでプレーしていたかった」

 自分のグッドショットに大観衆が沸き上がる世界にスピースはすっかり魅了され、それから2年半後、18歳でプロ転向を決意した。

 スピースは幼いころから地元テキサスで開催されるバイロン・ネルソン選手権に毎年のように足を運んで観戦し、その大会から推薦出場をもらって米ツアー初挑戦が叶った。そこで初優勝を飾ったデイや周囲の選手たちのプレーぶりを眺め、米ツアーの空気や熱気に触れ、プロへの道を強く志した。

 マッコイは現在、世界アマチュアランク8位につけるジョージア大学の4年生だが、そもそもは今大会の開催地、フロリダ州イニスブルックで育った「地元の子」。幼いころからこの大会を観戦して夢を膨らませ、その大会から推薦をもらい、出場が叶ったというあたりの経緯も、かつてのスピースそっくりだ。

 とはいえ、マッコイにとって米ツアー出場は今回が初めてではなく、今大会はすでに4試合目。プロ転向の意志もとっくに固めており、大学卒業後はまずマッケンジーツアー(PGAツアー・カナダ)参戦という道も決めている。来月にはカリフォルニアへ飛び、マッケンジーツアーのQスクール(予選会)に挑むそうだ。

 プロの世界を目指す計画性や歩みのスピードは、マッコイがスピースを少しばかり上回っているようにさえ感じられる。いや、スピースという手本がいるからこそ、今の若者はより効率的な歩み方を実践できるのだろう。

 「世界ナンバー1のジョーダン・スピースと一緒に回れて夢のようだった。ジョーダンはアマチュアの僕を一人の選手として扱ってくれて、それがとてもうれしかった」

 笑顔も語る言葉も初々しいアマチュア。だが、「初々しいアマチュア」が「初々しいプロ」に変わり、「初々しいプロ」がゴールデン・チャイルドなんて呼ばれる驚異のプロに変わる日は、そう遠くないのではないか。

 秀でた選手の優秀性。そのオーラやエッセンスは、同じ場を踏んだとき、空気を伝い、五感を伝って、必ずや連鎖する。デイからスピースへ、スピースからマッコイへ。
米ツアーの層は、かくして厚みを増していく。

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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