フェニックスオープン最終日。松山英樹が大混戦を抜け出し、リッキー・ファウラーとのプレーオフ4ホール目で長かった勝負に決着をつけ、米ツアー2勝目を挙げた。

笑顔で優勝カップを掲げる松山英樹
表彰式を終え、優勝会見を終え、日米双方のテレビ用インタビューをこなし、最後に日本メディアが松山を囲んで取材をしていたときだった。

惜敗したファウラーが日本メディアの背後を通り抜けながら、松山に笑顔で声をかけた。

「ヒデキ。また、やろうな」

そう言って、ウインクしながらクラブハウスへと消えていったファウラーを目で見送りながら、松山は言った。「先週、リッキーと一緒に回って、一緒に予選落ちして、そして今週は一緒にプレーオフって、変な感じがします」

ファウラーも松山同様、そこに共通点を感じていたに違いない。どちらも20代、どちらも期待の若手。そんな2人が、お互いに共感し合い、良き友、良きライバルであることに何ら不思議はない。だが、惜敗した直後のファウラーが、悔しさの中で、わざわざ松山に「次なる勝負を楽しみにしているぜ」と声をかけたワケは、それだけではなかったのだと思う。

最終日の終盤、TPCスコッツデールを埋め尽くした16万人の大観衆は明らかにファウラーの勝利を望んでいた。短いパー4の17番。池に落としたファウラーがボギーを喫した姿を傍目に、松山は「びっくりしたけど、まだチャンスはあると切り替えた。救われた」。松山はすかさずバーディを奪い、2人は首位に並んだ。

すると、その直後からリッキーを激励する声援はあからさまに拡大した。ギャラリースタンドからも、ホール添いの芝の上からも、リッキーコールのみならず、「USA、USA」の連呼まで始まった。

「あの状況は、99%、僕(の応援)じゃないと思ったけど、逆にその中で勝ってやると思って頑張った」

周囲はみんな敵だらけ。四面楚歌。その中で勝つためには、どれほどの精神力が求められるのか。どれほど大変なことなのか。それを身を持って知り、それを乗り越えて強くなった自負があるファウラーだからこそ、彼はこの日の松山に強い共感を覚えたのだと思う。

そう、ファウラーは2008年の秋、米ツアーに推薦出場した途端に優勝争いを演じ、初優勝は時間の問題と期待されながら、勝てそうで勝てない日々を3年以上も過ごした。

2012年にようやく初優勝を挙げたものの、以後は独特のファッションで話題になる機会ばかりが目出し、次なる優勝はなかなか来ず。「米ツアーで最も過大評価されている選手」のナンバー1に選ばれるという不愉快な出来事に遭遇したのは昨春のプレーヤーズ選手権のときだった。

“第5のメジャー”と呼ばれる同大会。その舞台であるTPCソーグラスにも大観衆が詰め寄せる。その大観衆から一斉に向けられた好奇の目を跳ね返し、米ツアー2勝目を挙げたファウラーは、間違いなく、あのときから強くなった。心技体、すべてにおいて強靭になった。

シーズンエンドのプレーオフ第2戦、ドイツ銀行選手権で3勝目を挙げたファウラーは、今年、欧州ツアーのアブダビ選手権でも勝利を挙げ、ジョーダン・スピース、ジェイソン・デイ、ローリー・マキロイらに次ぐ世界ランキング4位へ浮上。ファウラーが“ビッグ4”入りできたのは、敵だらけの苦境を乗り越え、自身が大きく成長できたからだ。

TPCスコッツデールの大観衆を敵に回した松山が、それでも粘り、パットを捻じ込み、大観衆を味方に付けたファウラーを抑え込んで勝利を挙げるまでの一挙一動。そのすべてをつぶさに眺めたファウラーは、松山の中にかつての自分を見たのではないか。そして、かつての自分がそこから強くなってビッグ4へ飛躍したように、松山も飛躍するであろうことを感じ取った。

「ヒデキ。また、やろうな」には、そんな意味が込められていたのだと私は思う。

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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