ソニーオープン最終日の優勝争いは、最終的には米国出身のブラント・スネデカーとアルゼンチン出身のファビアン・ゴメスのプレーオフとなり、ゴメスの勝利で幕を閉じた。だが、72ホール目までは若きザック・ブレアを交えた三つ巴で、その三者三様ぶりがなんとも面白かった。

最終日のプレーをフォトギャラリーで振り返る!
 米国人のブレアは米ツアー2季目を迎えた25歳。まだ未勝利で、最終日を首位で迎えたのも今大会が自身初。経験も実績も少ないが、若いがゆえに恐れを知らない強さが彼にはある。父親ジェームス・ブレアは80年代後半に米ツアーに参戦していた元ツアープロ。ブレアのバッグを担いでいるのは、かつてトム・レーマンのキャディを長年務めたアンディ・マルティネス。そんな素晴らしい参謀たちに支えられているブレアは、ワイアラエで初優勝を目指して好プレーをしていたが、第2打をグリーンサイドのバンカーの淵へ外した14番のボギーでスネデカーに並ばれ、それが首位を明け渡すターニングポイントになった。

 とはいえ、ブレアの心の動揺があからさまにプレーに表われたのは終盤では14番だけだった。上がり4ホールでは落ち着きを取り戻し、首位に返り咲こうと必死に戦っていたが、スネデカーやゴメスには、わずか1打、追い付けなかった。

 ブレアが優勝争いから外れて以後、一騎打ちとなったスネデカーとゴメスの対照性も面白かった。ゴメスは37歳、スネデカーは35歳。ゴメスのほうが年上なのだが、米ツアーで通算7勝を挙げ、経験も実績も豊富なスネデカーのほうがゴメスより大きく見えていたことは言うまでもない。

 スネデカーは米ツアー通算7勝を誇る大ベテラン選手。メジャー大会でも頻繁に上位入りを果たしてきた。その経験をフルに生かして、今日のスネデカーはリードされても決して焦らず、慎重にレイアップするシーンが目立った。無理に攻めない彼のスマートプレーは72ホール目でもプレーオフでも見て取れた。だが、そんなスネデカーのゴルフを上回るものをゴメスは持っていたのだ。

 ゴメスは2002年にプロ転向後、南米をはじめとする世界各地の小さなツアーを転戦。2007年から米下部ツアーに参戦し、そこで4年間も腕を磨いた後、ようやく米ツアーに到達した。だが、シード落ちしては下部ツアーへ逆戻り。そして再び米ツアーへ戻ってくることの繰り返し。プロ転向からほぼ15年が経過した昨季のフェデックス・セントジュード・クラシックでようやく初優勝を飾り、さらに今大会で通算2勝目を挙げた。

 世界のさまざまなツアーで何度シード落ちしようとも、決して諦めず、再び挑み、戦いの場にしがみつくようにして生き抜いてきたゴメス。そのサバイバル精神が今週の彼のゴルフ、とりわけ最終日の彼のゴルフに如実に反映されていた。

 前半で5つ伸ばしたゴメスは、後半も3連続バーディで快走したが、13、14番の連続ボギーで失速。しかし諦めず、しがみつき、17、18番の連続バーディで62をマークし、プレーオフへ突入。そして年下の大物スネデカーを抑え、堂々の勝利。その勝ち方はゴメスの生き様そのものだった。

 ゴメスの視線の先には今夏のリオ五輪がある。「母国のある南米で開催される五輪にアルゼンチン代表として出場したい。母国代表の2枠に入るためにランキングを上げたい。そのために米ツアーで優勝したい。晴れてリオの舞台に立つことができたら必ずや金メダルを――」。その想いがゴメスの機動力となっている。

 若きブレアは首位を走る2人に追い付けず、72ホールを終え、3位に甘んじた。スネデカーは焦らず、ゴメスは諦めず、それぞれが自分のゴルフに徹した。そして最後は、ゴメスの熱い想いがスネデカーの技と経験と実績を凌駕した。

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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