一体、いつの間にこんなに強くなったのだろう。バイロン・ネルソン選手権で2位に4打差をつけて完全優勝を果たしたスティーブン・ボーディッチの成長ぶりに釘付けになった。

松山英樹、石川遼のPGAでの戦いを写真で振り返る
 今でも忘れられないのは、ボーディッチが下部ツアーを経て米ツアーにやってきた2006年シーズンのこと。「デーリークイーンが来たぜ」ボーディッチは一部のキャディたちから面白半分にそう呼ばれていた。

 米ツアーデビューとほぼ同時に極度のうつ病になったボーディッチは集中力低下や現実逃避といった心の異常を引き起こし、プレーを放り出したり、試合中に姿を消したりで、失格や途中棄権、予選落ちを繰り返した。

 だが、周囲はボーディッチの病気を知るよしもなく、失格(DQ)をくらってばかりの「デーリークイーン(DQ)」と陰で呼んでいた者も実は結構、多かった。

 そんな中、ボーディッチのうつ病は悪化の一途をたどり、体におもりをつけてプールに飛び込み、命を断とうとしたこともあったという。生きる気力さえ失いかけた彼は2007年の半ばに母国のオーストラリアへ帰っていった。

 そんなドン底から抜け出し、再びアメリカへ戻り、下部ツアーで3年間の“リハビリ”を経て、2011年に米ツアーへカムバック。昨春のテキサスオープンでついに挙げた初優勝は、ひやひやドキドキの中でなんとか掴み取った勝利だったけれど、2勝目となった今大会の勝ち方は、あのときとはまるで別人のように堂々とした勝ちっぷりだった。

 悪天候の中、初日から首位を守り通しての完全優勝。4日間で27バーディを奪う快進撃。サンドセーブ9位、スクランブリング8位、パット4位。グリーン周りのどこからでも決して諦めずにカップを目指し、スコアを伸ばす。上がり3ホールは16番、17番のバーディーで2位との差を3打、4打と広げ、最終ホールもバーディーパットはカップに入りかけ、最後はパーで余裕の勝利。

「ただ自分のゲームプランに忠実に、我慢して戦っただけ」

 昨春の初優勝後、マスターズや全米プロに出場し、メジャーの舞台を経験。シーズンエンドのプレーオフも3戦目まで進出し、フェデックスカップランクは59位で終了。そんな実績が自信となり、自信が彼を育て、ボーディッチは見違えるほど成長した。

 最終日にスコアを4つ伸ばして追撃をかけ、2位になったチャーリー・ホフマンはマスターズでも優勝争いを演じたばかり。「またニアミスだった」と言いながらも、安定した好成績に笑顔がこぼれる気持ちは頷ける。昨季、自主的にツアーから離れていたダスティン・ジョンソンも今季の復帰早々に勝利を挙げ、好調なゴルフを続けている。

 そうやって勢いを増す選手たちがいる一方で、米ゴルフ界では来たる全米オープンの出場権をまだ得てないかつての有名選手たちの動向が注目されている。ビジェイ・シンやデービス・ラブ、スティーブ・ストリッカー、それにルーク・ドナルドも8日に全米12会場で行われる地区予選に挑む。

 だが、そのまた一方で、欧州ツアーのBMW・PGAチャンピオンシップで2位になったミゲル・アンヘル・ヒメネスや5位になったフランセスコ・モリナリらは5月25日時点の世界ランク60位以内に食い込み、全米オープンへの切符を手に入れた。そんな彼らに押し出される格好になったのがドナルドだった。

 ゴルフ界は戦場だ。盛者必衰は真なれど、その逆もまた真かと言えば、さにあらず。衰えた者が戻って来られる保証、必ず盛り返せる保証などあるはずもなく、その可能性は針の穴を通すより難しい。ボーディッチはその小さな小さな針の穴を自力で通り抜け、地獄から這い上がってきた。うつ病は完治の判断が難しいと言われているが、今の彼はどこまでも前向きだ。そして、彼が身に付けた強さは、きっと揺るぎないものに違いない。

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

<ゴルフ情報ALBA.Net>