<日本プロゴルフ選手権大会 日清カップヌードル杯 最終日◇17日◇太平洋クラブ 江南コース(7,053ヤード・パー71)>

 50年ぶりの埼玉県開催となった今年の「日本プロゴルフ選手権大会 日清カップヌードル杯」。最終日6ストロークの大差に守られたアダム・ブランド(オーストラリア)がトータル16アンダーで逃げ切り日本ツアー初優勝をメジャータイトルで飾った。

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 川村昌弘、岩田寛という日本が誇るショットメーカー2人との最終組。レフティは1番のティショットを大きく左に曲げていきなりピンチを迎えた。セカンドは林から出すだけ。3打目でもグリーンをとらえることはできなかった。パーを拾ったものの4番でついにボギーが先行。「最初の4、5ホールはタフだった」と序盤は緊張も手伝って思うようにボールをコントロールできなかった。

 しかし、足踏みを続けるブランドを追いかける選手は現れず最後まで一人旅。序盤の猛ラッシュで伸ばした小平智も同組の岩田も川村も後半になるにつれて失速。プレッシャーから解き放たれると、中盤は危なげないプレーでホールを消化した。上がりの2連続ボギーも大勢に影響はなし。「すごくうれしく思う。久々の優勝で今までの苦労が報われたよ」と初のオセアニア出身日本プロチャンピオンは笑顔を弾けさせた。

 決して飛距離の出るタイプではないが、小技でゴルフをコントロールする技巧派だ。日本に本格参戦したのは昨年からだが、パーキープ率、リカバリー率で1位。今季は開幕からパッティングに悩んでいたが、「東建ホームメイトカップ」終了後にオーストラリアに帰ってコーチとみっちりパッティング練習に取り組んだ。3年前からはメンタルの強化のために脳科学者などからアドバイスをもらうなど、技術以外でも熱心に研鑽を続けてきた。

 ツアーで唯一のレフティ。だが利き手は右という変則スタイル。幼少期からテニスをしていたが、「13、14歳くらいにゴルフを始めたとき、右で打っても上手くいかなかったけど、試しに左で打ったらしっくりきたんだ」とレフティとしてゴルフをスタートさせるとメキメキと頭角を現した。

 今大会の優勝により5年シードを手にしたが、「日本はオーストラリアとも近いし、家族との時間も作りやすいし当分は日本でプレーしたい」とかつて主戦場とした米国下部ツアーへの参戦は一旦は封印する。今は4歳の娘と、7か月になった息子のやさしいパパ。優勝を決めてすぐに送ったというメールの返信はきただろうか。

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