大混戦になったヒューマナ・チャレンジ最終日。通算22アンダーで大会を制したのは2011年のフェデックスカップ総合に輝いたビル・ハースだった。

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 そのハースと最終組をともに回ったエリック・コンプトンとジャスティン・トーマスには、どちらも初優勝の期待がかかっていた。コンプトンは2度の心臓移植を受け、奇跡的にカンバックしたミラクルボーイ。トーマスは21歳のルーキーながら先週のソニーオープンでも6位になったばかり。が、どちらも最終的には大混戦を抜け出せず、トーマスは7位、コンプトンは10位に終わった。

 それにしても、この日の大混戦ぶりは、まさに米ツアーの層の厚さを物語るものだった。混戦の顔ぶれが最終日を上位で迎えた選手たちばかりなら、そういうものだろうと頷ける。だが、この日は24位だったウエブ・シンプソン、40位だったコルト・ノストといった面々が一気に8つも9つもスコアを伸ばして優勝争いに加わり、優勝予想などまるでできない展開だった。

 スコアを1つ、2つと伸ばし、落としては取り返す。上位15名前後が目まぐるしく入れ替わる激しい戦いぶりを眺めていたら、米ゴルフ界の選手を育んでいる縦横斜めの立体構造が浮かび上がってきた。

 たとえば、ルーキーのトーマスは父親も祖父もゴルフのプロフェッショナルという家庭に生まれ、ゴルフが核となる生活が当たり前という構造の中で育った。祖父はPGAツアー選手だったこともあり、以後はPGAオブ・アメリカ所属のクラブプロ。父親は根っからのクラブプロで、やはりPGAオブ・アメリカ所属だ。

 そしてトーマス自身はAJGA(全米ジュニアゴルフ協会)やUSGAが主催するジュニアやアマチュアの大会、NCAAが主催するカレッジの大会で数々の勝利を挙げ、腕を磨いてきた。

 その途上、凌ぎを削り合ってきたライバルが、ジョーダン・スピースやハリス・イングリッシュ、パトリック・リードといった現在の米ツアーで活躍中の若手選手たちだ。

 トーマスがお世話になったAJGAやUSGA、NCAA、あるいは彼に生来のゴルフ環境を与えてくれた彼の父親や祖父がお世話になったPGAツアーやPGAオブ・アメリカ。もしも、そのどれか1つでも米ゴルフ界に存在していなかったら、今のトーマスは存在していなかったかもしれない。

 「人間は一人では生きられない」というフレーズがあるけれど、プロゴルファーの出現や成長も、これと同じだと私は思う。

 トーマスのライバルであり友人でもあるスピースは、プロ転向する際、元・学校の先生を口説き落として帯同キャディになってもらったのだが、その先生を最初にスピースに紹介したのは実はこのトーマスだった。ということは、トーマスの助けが無かったら、スピースも現在の強いスピースとして存在していなかったかもしれないということになる。

 昨年、どうしたら予選落ちを防ぎ、どうしたら成績を上げることができるのかと悩んでいたトーマスに、あるベテラン選手が惜しみない助言を与えたそうだ。

 「ジャスティン、キミはゴルフが楽しくてたまらないのだろう。でも楽しいだけではダメだ。ゴルフはキミの仕事なんだ。毎週毎週、周りには敵が100人以上もいる。誰もが必死で周囲を打ち負かそうとする。だからキミも必死に練習し、体調を管理し、自分の戦う環境を本気で整えていかなければ、100人から負かされてしまう」

 そう言われて以来、トーマスは好きなことをしていたオフの日の過ごし方を一変させた。続けざまのトップ10入りは、その助言のおかげだとトーマスは感謝していた。

 家庭、ゴルフ関連団体、米ツアー、選手仲間、ライバル、そして先輩たち、あるいは後輩たち。いろんな人々に助けられながら選手が育つ。いろんな人や団体が縦横斜めに手を取り合い、選手を育てる。複雑に絡み合う立体構造の中で選手が大きくなっていく。

 そう、優れた選手、強い選手、スター選手はゴルフ界や社会の総力を上げて育むものだ。スター誕生物語は、手をこまねいて待つものではなく、生み出すものだ。

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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