日本人初の米国PGAツアー優勝者にして、永久シード選手でもある青木功のプロ生活50周年を祝う会が、都内のホテルで開催され、ライバルである尾崎将司をはじめ倉本昌弘、丸山茂樹、松山英樹、石川遼ら後輩プロゴルファー達に加え、長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督、安倍晋三首相らも出席。華やかに節目の式典を彩った。

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 開会前タキシードに身を包んだ72歳は、50周年の節目にもいつもと変わらぬ軽妙な語り口でこれまでのゴルフ人生を振り返った。「ゴルフとはわが人生。色々なことがあったけど、ここまで来られたことがよかった。(思い出は)1番、2番と決められない。私は幸せですよ」。青木は1964年プロに転向し1965年に関東プロでツアーデビュー。初優勝は71年の同じ関東プロだった。ここまで積み重ねた勝利は国内、海外、シニアを合わせると85勝。1983年にはハワイアン・オープンで日本人として初めてPGAツアー優勝者に名前を連ねた。

 「中には負けたりしてくそっと思ったりして今がある。勝つ勝たないうんぬんじゃなくて満足はしている」。思い起こされるのは80年にジャック・ニクラス(米国)と死闘を演じた「全米オープン」。この日祝辞を述べた安倍首相もニクラスとの戦いに触れるなど、多くのファンの胸の中に今も世界の青木の名場面は息づいている。

 プロ50年間を振り返り、感謝の気持ちを伝えたい人はとの質問には、「やっぱり頑丈な体に産んでくれたおふくろと親父に感謝したい。あとわがままな人生を歩ませてくれた身内や関係者の人たちにはありがとうと言い切れないくらいありがとうと言いたい」と表情を崩した青木。800人を超えたこの日の来場者達には、何度も直接感謝の気持ちを告げていた。

 プロゴルファーとしては今年5月に左ヒザ半月板の手術をして、主戦場とするシニアツアーで1年間をまともに戦うことができなかった。その悔しさを胸に、すでに51年目のシーズンへ向けて始動している。半月板に負担のかかる体重増を抑えるため食事にもこれまで以上に気をつけながら、トレーニングを継続。「俺も引退という言葉は知っているけど、青木功に引退という言葉はいらない」。生涯現役を胸に休むことなくゴルフ人生を歩み続けていく。

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