カナディアンオープン最終日は首位を独走していたジム・フューリックを3打差から追いかけたティム・クラークが最後には1打差で制するという大どんでん返しで幕を閉じた。

「RBCカナディアン・オープン」の結果
 南ア出身のクラークと言えば「2010年のプレーヤーズ選手権で米ツアー初優勝を挙げた」という枕詞で語られることが多いが、米ツアーでの優勝はその1勝のみ。以後は勝利の二文字から完全に遠ざかってきた。その成績を見れば、2010年以降は好調だったとは言い難い。昨季も今季これまでも、なんとかシード権を維持するレベルで米ツアーにしがみついてきた。

 だが、彼は決して諦めなかった。未勝利だったこの4年超の日々を、こんな言葉を念じ続けながら前向きに過ごしてきた。

「信じていれば、必ず最後に救われる」

 いくら努力をしても、いくら我慢をしても、ちっとも報われない日々の中、クラークはなぜ「最後には救われる」と信じることができたのか。

救ったからこそ、救われた。

 南ア出身で米ノースカロライナ州立大学出身のクラークは、98年のプロ転向後、米国各地のミニツアーを回って腕を磨いた。が、賞金はなかなか手に入らず、所持金も底を尽き、もうダメだと思ったとき、カナディアンツアーの大会から推薦出場のオファーをもらった。ぎりぎりで駆け付けて、ぶっつけ本番で挑んだら、どうしたわけか、そこでプロ初優勝を達成した。

「そのおかげで翌週のカナディアンPGAチャンピオンシップにも出場できることになった」

 だが、会場から会場へ移動しようにも、まだレンタカーが借りられる年齢ではなかったクラークは、自力で異国の路線バスを乗り継ぎ、最後には同郷の南ア選手たちに助けられ、どうにか次戦に間に合った。

「そのときも練習ラウンドはできず、ぶっつけ本番で出たら、また優勝した。あの2週間は、本当に不思議な2週間だった」

 その後、米ツアーに辿り着き、2010年に“第5のメジャー”を制したが、翌年には肘の故障が悪化して、手術、戦線離脱という苦境に陥った。

「3年前のあのときは、丸一年を棒に振った」

 ウエッジをスプリットハンドグリップで握ってチップショットを打ち、長尺パターでパットする彼の姿からは、故障に喘いできた長い苦悩の痕が垣間見える。

「今季の始めごろも、まだ肘はひどい状態で、注射を打ちながらプレーしていた」。それでも諦めず、必死に回復に努めてきた。

「3か月前ぐらいからフルスイングができるようになった。でも、スイングはできてもスコアメイクができなかった」

 マスターズもプレーヤーズ選手権も予選落ちした。全米オープン、全英オープンは出場資格すら得られなかった。それでも、前を向いてきた。

「とうとう、ここ数試合で、やっといいスコアをマークできるようになってきていた」

 今大会の最終日、クラークはフューリックとともに最終組で回り、前半は2人ともスコアを伸ばせなかった。だが、後半に入ると、クラークは11番以降の8ホールで5バーディーを奪い、あっという間にフューリックとの3打差を縮め、抜き返し、1打差で逆転勝利を決めた。

 こうして見ると、クラークは、いつも困窮の果てに救われている。下積み時代にカナディアンツアーで続けざまに2勝を挙げたときもそうだったし、今回の復活優勝もそうだ。どうして彼はいつも最後まで信じ続けることができるのか。

 その答えは、きっとこの出来事の中に見て取ることができるのだと思う。

 クラークが肘の故障にまださほど苦しんでいなかった2005年。母国で開催されたネルソン・マンデラ・インビテーショナルという大会で得た賞金を、クラークは一人の少女に寄贈した。少女は耳が聞こえなかった。が、ある手術を受ければ聞こえるようになると言われていた。高額なその手術を少女に受けさせてあげたい一心で、クラークは自らが得た賞金をその少女に贈り、手術を受けた少女は音のある世界で生きられるようになった。

 信じていれば、きっと最後に救われる――少女もそう思ったに違いない。そんな少女の姿を見て、クラーク自身もそう思ったに違いない。だから彼は、肘の故障で苦しい時期を過ごしたときも「きっと最後に救われる」と信じ続けることができたのだろう。

 72ホール目。ウイニングパットを沈め、握りしめた拳を振り降ろして200週ぶりの勝利の味を噛み締めたクラーク。溢れ出しそうな涙をぐっとこらえた姿に涙を誘われた。

「この米ツアーで戦っていれば、体の故障がまったくない選手なんて一人もいない。どこかで必ず故障と向き合うことになる。その故障と、どうやって付き合っていくのか。真価はそこで問われる。僕はようやく優勝という結果を出すことができて、最後に救われた」
 信じていれば、救われる。誰かを救ったからこそ、救われた。

 今は音のある世界に生きるあのときの少女も、クラークの復活優勝を喜んでいるに違いない。

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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