米ツアーがシーズンエンドに4試合に渡るプレーオフシリーズを導入したのは2007年のこと。しかし、その存在が日本で注目を集めたことは、過去にはほとんどなく、これまでに日本人選手の誰が出場して、どんな成績だったかも、ほとんど知られていなかった。

松山英樹、石川遼が挑むフェデックスカッププレーオフとは
 だが、今季は石川遼と松山英樹の2人が揃ってプレーオフ進出となったため、日本でも、ほぼ初めてプレーオフというものに目が向けられ、10ミリオン(約10億円)のビッグボーナスという大盤振る舞いぶりも知られるところとなった。

 「10億円も?」「賞金とは別にボーナスが10億円?」「一度にキャッシュで?」「遼くんや松山くんにもチャンスあり?」

 そんなふうにゴルフ好きの人々の会話の中でプレーオフに関する「?」が何度も飛び出したことだろう。米ツアーが実施していたことに対して、太平洋を越えた日本の人々が興味を抱き、多少なりともドキドキ感を感じながら話題にしていたこと。それは、米ツアーのプレーオフという施策が成功を収めている何よりの証だ。

 そもそもプレーオフは、米ツアーのティム・フィンチェム会長がNASCARシーズンの仕組みに学び、米ツアーに適するよう改良を加えて導入したもの。「選手やファンのドキドキ感を醸成し、シーズンエンドを盛り上げる」ことが目的だ。

 とはいえ、導入当初の風当りは強かった。初年度は「プレーオフはタイガー・ウッズにさらに大金を手に入れさせるための施策だ」と批判された。08年はツアー選手権の開幕前にビジェイ・シンの年間王者が確定してしまい、すっかり興ざめになったプレーオフは「大失敗」と酷評された。だが、そのたびに米ツアーは失敗や批判を真摯に受け止め、即座に対策を練り、数々の改良を重ねてきた。

 そして、導入から8年目を迎えた今季。故障続きだったタイガー・ウッズは全米プロで自らのシーズンを終えてしまい、プレーオフはウッズ不在となった。理由を明かすことなく自らツアーを離れていったダスティン・ジョンソンも不在。フィル・ミケルソンは最終戦への進出が叶わず、ツアー選手権は米国のスター選手3名を欠く顔ぶれになった。

 もしも米ツアーがスター選手や人気選手による人寄せ効果だけに頼る「他力本願」「人頼み」の姿勢だったら、有名選手が不足気味となった今季は「最悪のプレーオフ、最悪のシーズンになってしまった」と大いに落胆していたことだろう。

 だが、必死に改良を重ねてきたプレーオフが、そうした不足を補ってあまりある効果をもたらしてくれた。プレーオフ第2戦で2位になり、第3戦と最終戦を制したビリー・ホーシェルが年間王者にも輝き、10ミリオンを獲得――プレーオフそのものの性質とホーシェル自身の強い個性や面白みが相まって、人々のドキドキ感や興味を大いに喚起する運びになり、シーズンエンドは米ツアーのプレーオフがSNS上を席巻する勢いを見せた。

 ご存じない方のために簡単に振り返ると、その始まりはホーシェルが第2戦の72ホール目で優勝を賭けた大事な一打を目の前の茂みに落とした“チョーク事件”。あえなく2位に甘んじたホーシェルは「チキン」「臆病者」と中傷の嵐を浴びせられたが、彼はそれをモノともせず、逆に「僕の心に火をつけるだけ」と言い返した上で第3戦と最終戦を制覇。そして彼は年間王者に輝いて初めて、自らの生い立ちを明かした。

 「僕の家は、いわゆるブルーカラー。本当に貧しかった。両親はどちらも大学を卒業しておらず、苦労して働いて、僕ら兄弟3人を育ててくれたんだ……」

 そんなホーシェルが最後に10ミリオンをゲットしたという現実の物語が、ドリーム・カム・トゥルーが大好きな米国人のハートをつかみ、今やSNS上では「ホーシェルはブルーカラーの星」と崇められている。

 プレーオフ以前は無名に近い存在だったホーシェルが、すっかり有名選手、スター選手に早変わり。新たなるスターは、こうやって誕生するのだという最高のお手本を今年のプレーオフは世界に披露してくれた。

 既存のスター選手たちに「こっちの試合にも出て、出て」と頼むばかりの他力本願では、いつまでたっても自力でスターを誕生させたり、育てたりすることはできない。米ツアーは層が厚いと言われるけれど、その層だって、自然発生的に厚くなったわけではなく、米ゴルフ界全体の工夫や努力の賜物なのだ。

 ホーシェルというニュースターを得た今年は、プレーオフの導入以降、最高最大の成功を収めた年となったが、その成功だって、米ツアーがプレーオフ導入以前から積み重ねてきた10数年の努力の結実だ。

 その歩みと素晴らしさを日本の人々に、とりわけ日本のゴルフ関係者の方々に、知ってほしいし、参考にしてほしい一心で、私はこの稿を書いた。 

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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